後悔との付き合い方

 ~自分次第で過去は変えられる疑惑~

 

 

どぅーーん!!!

 

どうも皆さん、おはこんばんにちは。

 

蒸気でホットアイマスクをつけて寝た日は確実に朝起きるとどっかになくなっている野村萬斎です。

 

俺だけじゃないよね?

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後悔は人生につきものです。

 

人は生きていると、必ず後悔する瞬間が訪れます。

 

「あの時こうしておけば、、」

「これさえしておけば、、」

「何してんだ俺、、抜くんじゃなかった、、」

「たったの一言、なんで言えなかったのか、、」

「うわあ一日無駄にしたー、、」

「昨日もっと早く寝とけばよかった、、」

 

そうして、

もう後悔なんてしない。

と、心に決めて、、、

それなのにまた新しい後悔を作る。

 

後悔しないように、

もう同じ思いをしないように、

と、縮こまって

やりたいこともやれない

できることもできない

自分らしく生きれない

このように過去における後悔に

縛られて、行動を決めていくことになります。

 

 

「後悔先に立たず」

 

それなのに、人は

後悔をするのではないかと、

まだわからないことに左右されて

決断をします。

 

後先考えず、とりあえずやってみよう精神の人は

世間では”バカ”と呼ばれます。

 

後悔とうまく付き合う方法はないものか?

後悔ってなんなのか?

 

 

自分も生きてきて後悔してきたことはたくさんあった。

 

高校の時、

たまたま調子が良くて

次の週からAチームに行くことが決まっていた時

(それは後から知ったけど)

なぞに自信があって日曜日の試合を

アップすることなく臨んだ。

案の定、その試合で怪我をして怪我をした。

(ちょっと長めのパスを出した金子のことは一生忘れない。)

 

小学の時、

親と喧嘩したときに

生まれたくてこの家に生まれたわけじゃない。

生まれてくる家を間違えた。

なんで俺のこと生んだんだ。

的なニュアンスのことを言ってしまったこと。

12年も前のことなのに

今でも覚えている。

(この事件の後、マザコンといわれる山田君が爆誕する)

 

 

人によっていろいろな後悔があるし

たくさん悩んだと思う。

 

でも、後悔こそが

その人を成長させるきっかけになるし

その人の軸や行動の指針に

なりうるんじゃないかと思う。

 

後悔は過去の自分から学ぶ

自分らしい人生の歩き方を示すコンパスのようなもの。

 

 

あれ以来、準備の大切さを知れた。

コーチ兼担任の先生には

「準備の失敗は失敗の準備」

と、口酸っぱく言われた。

わが身になってやっと気づけた経験。

 

あれ以来、親には感謝の気持ちを

口にはできなくてもちゃんと持っている。

親が恥じないように、自慢の息子でいられるように

行動してきたつもり。

(とか言いつつこんな子に育ちました。両親に謝罪。)

 

捉え方次第では

後悔はネガティブなものではなく

ポジティブなものにできる。

 

後悔こそが自分を知ることにつながり

これからの自分を決める。

だから、後悔を恐れて

自分の殻に閉じこもるのはもったいない。

 

東アフリカのこんなことわざがある。

「道に迷うことこそ、道を知ることだ。」

 

悩んだって

苦しんだって

迷ったっていいじゃないか。

どうせわからない未来におびえて

今を生きれないなんてもったいない!

もし世間がそれをバカと呼ぶのなら

堂々とバカでいようではないか!

 

自分次第で

後悔は後悔じゃなくなる。

 

後悔は振り返ってみないとわからない。

やり返せるかと言われたらそれは違う。

でも、後悔を違うものに変えることはできる。

後悔は変えられる。

過去は変えられる。

 

だから、胸張って決断していいんだよ、友よ。

 

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以上、

 

あることがきっかけでトラウマになり

いまだにいんげんが食べれない織田裕二でした。

 

どぅーーん!!!

*3日に1投稿早くも後悔している

*友への応援メッセージのような雰囲気を醸し出しましたが、当アカウントに友達はおりません。